「あさま山荘事件」慰霊祭が行われました

 昭和47年に起きた連合赤軍による「あさま山荘事件」で殉職した2人の警察官の慰霊祭が軽井沢町で開かれました。

「あさま山荘事件」は昭和47年2月19日、連合赤軍のメンバー5人が楽器会社の保養施設だった軽井沢町の「あさま山荘」に管理人の妻を人質にとって立てこもった事件で、10日間にわたって警察との銃撃戦が続きました。

この事件では、警視庁の内田尚孝警視長と高見繁光警視正の2人が殉職し、2人をしのんで建てられた石碑、「治安の礎」の前で、毎年、慰霊祭が行われています。

 2月26日は地域の人や警察の関係者など10人あまりが出席し、黙とうをささげたあと、順番に花を手向けて人質解放に力を尽くした2人の死を悼みました

献花に訪れた軽井沢町の80代の男性は「亡くなった2人は自分を犠牲にして事件をおさめてくれました。忘れてはいけないことだと思います」と話していました。

 軽井沢警察署の柏木隆署長は「亡くなられた警察官は、人命を守るという大きな目的を持って職務にあたっていたと思います。2度とこのような事件は起こしてはならないと思います」と話していました。

信州 NEWS WEB 

NHK長野放送局

2020年02月26日 17時11分 放送分

「あさま山荘事件」は49年前に、長野県軽井沢町で発生しました。

浅間山荘事件【あさまさんそうじけん】
連合赤軍5名による人質籠城事件。1972年2月7日、群馬県下で連合赤軍のアジトが発見され、同月19日までに永田洋子、森恒夫、植垣康博ら首謀者8人が逮捕されたが、残る5人は同月19日午後、発砲しながら長野県軽井沢の河合楽器保養所浅間山荘に乱入、管理人の妻を人質として籠城、警察当局と銃撃戦を交えた。

出典:コトバンク(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典から)

 群馬県の妙義山中に潜んだ過激派集団・連合赤軍捜索のため3000人の警察官を動員した群馬県警察本部と栃木、長野など関東各県警は1972(昭和47)年2月19日午後3時すぎ、長野県北佐久郡軽井沢町地蔵ケ原の別荘地で、連合赤軍と見られる男5人を発見、銃撃戦になった。男たちはいったん逃げ、軽井沢駅から約7キロ離れた河合楽器の保養寮「浅間山荘」に押し入り、同施設の管理人の妻を人質にしてたてこもった。20日、たてこもった連合赤軍はバルコニーに畳などでバリケードをつくり、朝から断続的に猟銃を発射するなどして、ろう城を続けた。写真は、バリケードのかげで見張りをする男たち。右の男は銃らしいものを持っている。

 1972(昭和47)年2月28日、事件発生から10日目の午前10時、長野県警は人質の強行救出作戦を敢行、同日午後1時までに3階「いちょうの間」とホールを残し、1、2階と3階の半分は警官隊が制圧した。犯人は「いちょうの間」に強固なバリケードを築いて頑強に抵抗した。写真は、浅間山荘の1階、2階に入った機動隊員。

 1972(昭和47)年2月28日、カメラマンは超望遠レンズを付けたカメラを土のうの後方に構えて、「浅間山荘」の下に陣取り、逮捕の瞬間を狙い続けた。

 1972(昭和47)年2月28日、ライフルや猟銃などで武装した連合赤軍の5人は、警察官らに発砲する銃撃戦となり、容疑者5人全員が殺人などの容疑で現行犯逮捕された。警察官2人と民間人1人が死亡、27人が負傷。連合赤軍は、71年に銀行などの金融機関から現金を強奪をした「赤軍派」と、同年2月に栃木県の銃砲店を襲撃して猟銃や散弾を奪った「革命左派」が合流して結成された。群馬県内のアジトなどで、リンチ殺人によって29人のうち12人が死んでいることが、浅間山荘事件後、明らかになった。浅間山荘で逮捕され、連行される5人のうちの1人、坂東国男容疑者。坂東容疑者は75(昭和50)年のクアラルンプール事件で「超法規的措置」により釈放され出国、77(昭和52)年にダッカ事件を起こし、国際手配され、今も逃亡中です。

浅間山荘事件記念碑(治安の礎)

 昭和47年2月に発生した連合赤軍による「あさま山荘事件」から30年。この事件は人質となった山荘管理人の妻の無事救出と、警察官2名の殉職と多数の負傷者、また一般人1名の死亡という結末で幕を閉じました。その事件を報じる新聞の見出しは「人質の無事救出」であり、警察官2名の殉職は小さくなっていました。

 当時のマスコミは、連合赤軍などの極左暴力集団を過激派と呼び、同情的な報道をし、成田空港反対闘争では、マスコミの車が、そのような暴力集団が使用するためのゲバ棒(角材)を運搬しているところを発見されたり、昭和46年8月に埼玉県の陸上自衛隊の朝霞駐屯地で起きた自衛隊員が殺害された事件では、犯人をかくまった新聞記者が裁判で有罪判決を受けたくらい左翼に同情的でした。

  ですから警察には、最後まで拳銃使用許可が下りなかったし、担当だった佐々淳行氏は、取材するマスコミから

「なぜ強攻策に固辞するのか」

「犯人たちを逃がせば人質は助かる」

と食ってかかられたとのこと。しかし、ライフルをもって自分の母親にさえ射撃する犯人を逃がすことなど、できるはずもありません。かといって拳銃は使えない。人質の命は危ない。あとは突撃のみですが、拳銃なしに突撃するには、クレーン車につるした鉄球で山荘の壁を破壊して人質の安全を確保するしかなかったのです。

 あさま山荘事件の顕彰碑「治安の礎」は事件の翌年の1973年にあさま山荘を後方に臨む別荘地の入り口に建てられました。碑の後ろには事件の教訓と犯人の凶弾に倒れ殉職された二人の警察官の功績を称えた文章が刻印されています。また、碑の右横には事件当時の様子が刻まれた銅板がはめこまれています。  逮捕された連合赤軍5人は、いずれも氏名等を黙秘して年齢などもわからない訳ですが、「犯人の中に少年がいるかもしれないのに顔写真をなぜ掲載した」と騒いでも、死んだ警官に対しては一言もなかった人たちもいました。なんとも酷い話ですが、そういう時代の犠牲者となった殉職者の警察官のご冥福を祈りたいと思います。

     以上の記事は、北軽井沢ブルーベリーYGHが、制作している軽井沢を中心とした地域の案内ページからです。

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